霜月〜
2011.11.07 Monday | category:-
星月夜
2011.11.04 Friday | category:-

10月の初めのこと。
母が老人会のコーラスサークルの発表会にでるという。
その前日に実家へ行ったらば
母の練習も佳境であった。
曲は2曲。ひとつは「知床旅情」。
ゆーても森繁である。
歌いまわしが難しいらしく
繰り返し歌うが
どうもうまいこといかないようだ。
思わず私も一緒になって歌ってしまった。
そしてもう1曲は「里の秋」。
楽譜を見ると左上端に「かなしく」と書いてある。
「明るく」とか、「テンポよく」とか書いてあるのは見かけるが
「かなしく」って・・・
だいたい「里の秋」はノスタルジックでこそあれ、
哀しかぁないと思うのだが。
楽譜の欄外には、
「昭和16年、「星月夜」と題して歌詞が作られた。
その後、3番を書き変えて曲がつけられ、川田正子が歌い、
「外地引揚同胞激励の午後」というラジオ番組で発表された。
放送直後から多くの反響があったため、
翌年に始まったラジオ番組「復員だより」の曲として使われた。」
とういうようなことが書いてある。
へーと思い、母が歌うのにあわせて歌詞を読んでみた。
1番は言わずと知れた「しーずかあなあ しずかな 里の秋〜」である。
お母さんと女の子が囲炉裏端でぬくぬくしている、
ほのぼのとした風景が頭に浮かぶ。
2番の唄い出しは「あーかるういあかるい星の空〜」。
星空を眺め、お父さんの笑顔を思い出している。
3番は「さーよならさよなら椰子の島〜」で始まる。
子供がお母さんと、帰ってくるお父さんの無事を祈っている。
欄外の復員兵云々を読んでいなければ、
「お父さんは椰子の島(外地)で戦い、
終戦を迎えて日本に帰ってくる。」とは気づかなかったかもしれない。
私はこの歌に「うさぎお〜いし」や
「ふ〜けゆく〜あ〜きのよ〜」なんかと同じような印象を持っていた。
I want to know
Have you ever seen the rain
Coming down on a sunny day
CCRの「雨をみたかい」。
CMなんかにも使われた曲だが
雨はベトナム戦争で使われたナパーム弾のことで
実はベトナム戦争に対する反戦歌ともいわれている。
アメリカでは一時、放送禁止歌となったとか。
私がそれを知ったのは5年くらい前のことである。
意味を知らずに聴いている曲はいっぱいあるのだろう。
「里の秋」は慣れ親しんでいるのか、
母はうまいこと歌えるようだ。
練習は一回きりである。
私は「検討を祈る。」と母にエールを送り、
自宅へ帰った。
翌日は、ジョー長岡、阪本正義、東京バンドのライブであった。
アンコールの曲だったか、
ビルにいさんのバイオリンが静かに響いた。
「里の秋」である。
まじさんが歌いだす。
そういや、数日前に
「栗の実、煮たことある?」と聞かれたっけ。
私は「茹でたことしかないよ。」と答え、
気にも止めなかったが、
多分、ライブのために歌詞を仕込んでいたのだ。
その時、この歌の意味に気づいたらしく、
3番を2回繰り返していた。
昨日、認識を新たにしたばかりの歌。
偶然にちょっと驚いた。
家に帰ってからネットで検索して、更に驚いた。
「里の秋」は昭和20年12月に放送された、
「外地引揚同胞激励の午後」というラジオ番組のために作られた。
終戦から4ヶ月。日本は疲弊しきっており、
誰もが明日が見えないような状態。
でも無事に帰ってくることができた復員兵達に
「日本にやっと帰ってこれたのだな。」という実感を
音楽にのせて感じてもらい、
激励することを意図した、そういうラジオ番組である。
歌詞は昭和16年に「星月夜」というタイトルで作られていた。
実は、三番は
外地で戦うお父さんにお国を護ってください。
ご武運を祈ります。
更に四番は
大きくなったら兵隊さんだようれしいな。
僕だって必ずお国護ります。
というような歌詞であった。
(男の子だったのねン・・・)
戦争まっただなかに作られた、戦意高揚の歌だった。
歌詞を作った人は尋常小学校の教師。
バリバリの軍国教師だったという。
「星月夜」に曲をつけられることはなかったが、
その後、この番組の意図にあわせて
3番が作り変えられ、曲がつけられた。
終戦をむかえ、
この歌詞を作った教師は
自分が子供にしてきた教育に対し反省の意を込めて
学校を辞めようかと考えていた。
そんな時、3番の改詞の依頼が来て
「戦争とも、今までの日本ともさよならだ!」と
「さ〜よならさよなら椰子の島〜」の歌詞がついた。
4番は削除され、題名も「里の秋」に変えられた。
なんとも複雑な生い立ちの歌である。
ただ、ひとつ思ったこと。
それは「星月夜」で
「兵隊さんだよ、うれしいな。」とか
「必ずお国を護ります。」などと言いながらも
1番の歌詞は「ああ、母さんとただ二人」なのである。
母の楽譜に書かれていた「かなしく」は
そういうことなのかもしれない。
少数派の生きる道。
2011.09.11 Sunday | category:-

「一番売れているケーキはやっぱり一番おいしいハズ。」と
滑舌よくテレビから聞こえてきた。車のCM。
きりっとした面持ちで姿勢よく狂言師が語っている。
おいおい、「ハズ」はないでしょ、「ハズ」は。
私は洗い流さないトリートメントを使っている。
お風呂あがり、ドライヤーで乾かす前に髪に塗るヤツである。
以前、私は故あって毛髪がほぼ抜け落ちたことがある。
その時はカツラでしのぎ、
飲み薬(免疫抑制剤)を投与することで再び髪は生えてきたが、
抜け落ちた根本原因が不明(結局ストレス?)であるため、
毛髪が抜けることにはとても敏感である。
洗い流さないトリートメントも地肌にいい、
でも高価でないヤツを一生懸命さがし、
「これならよし!」と思えるものを買ってくる。
でも次に同じものを買えたタメシがない。
マーケティング戦略だかなんだか知らないが、
ドラッグストアは大抵、私が選んだものを
店頭に置かなくなってしまう。
メーカーが生産を止めてしまっているのかもしれない。
なので、また1時間位かけて
「これならまあいいか。」というようなものを選んでくる。
トリートメントに限らず、そんなことをよく経験する。
だから置いておけるものなどは
ついつい買いだめにはしる。
だって、次に売っている保証はないのだもの。
「べに花ハイプラスマーガリン」も
何時買えなくなるかドキドキである。
私はこれがとてもウマイと思っている。
でも知っている範囲でこれを購入できるのは
実家の方にある「KEIHOKU」というスーパーか、
「成城石井」だけである。
余談であるが、
「成城石井」では月に一度、これを50円引きで売る。
なので「成城石井」を見かけると
チェックせずにはいられない。
現在は職場のビルに「成城石井」が入っているので
毎日チェックできて、とてもうれしい。
昔読んだ筒井康隆氏の短編。
ワキガの匂いを消す石鹸を
とあるメーカーが製造販売していた。
だが、この石鹸は月に3つしか売れず、
やがて製造中止となった。
しばらくして、3人の女性が自殺した。
記憶が曖昧なので、
ちょっと違うかもしれないけど
こんな感じだったと思う。
マイノリティの道はキビシイ。
長月。
2011.09.11 Sunday | category:-

先月のこと。
諏訪湖の花火を観た。
観たといっても動画である。
動画ではあるが、とにかくスゴイ。
ドッカンドッカンと大玉の連発。
昨年も観たが、今年はさらにパワーアップしてる気がする。
時間にしたら3分余り。
これでもか、これでもかと
ハンパじゃない数の花火が打ち上げられ、
暫し呆然とした。
この感じ、何かに似ている。
そう、ライブなんかで
これでもか、これでもかと
畳み掛けるような演奏に興奮する感じ。
例えば「ウェルド」の「ライク・ア・ハリケーン」で
イタコ弾きするニール・ヤングのような。(我田引ニール)
「すげー」と反応している瞬間に
もう次の「すげー」が到着して
「すげー」がどんどん高まっていく感じ。

実はこの連発花火を観ながら
もうひとつ別の光景が頭に浮かんだ。
花火の諏訪湖をどんどんズームアウトして俯瞰する。
日本列島の真ん中あたりで
「ぱぱんぱんぱん」と
景気よく花火があがっている。
少し右にスコープを移すと
「ふくいち原発」が怪しい煙を吐いている。
さらにその少し上に移すと
津波の傷跡が。
こんなちっさい国の中で。
なんだか泣けてきた。
渦巻き。
2011.08.22 Monday | category:-

ここ数日とても涼やかである。
いっそこのまま夏が終わり、秋へ向ってくれるとよいと思うのだが、
それはそれで各方面に支障がある訳で、
無責任なことを言っちゃあいけない。
第一、山口祐一郎氏の出演する蚊取り線香のCMが
終わっちゃうじゃない。
なにげなくテレビを見ていると
祐さんが画面に現れるという至福の時間が。。。
このCM、花火編では打上げ花火に「ブラボー」とつぶやく。
唄うバズーカ砲と異名をとる祐さんに普段浴びせられている賛辞を
本人が言ってしまうあたり、心憎い演出である。
そして不思議なのはバックにかかる音楽。
けだるいスライドギターがなっている。
アース、渦巻香(蚊取り線香)、花火、氷、祐さん。
どれにもイメージがリンクしない。
なんで、こういった音楽がバックでかかるのだろう。
まあ、ファン以外の方はどうでもいいことかと思いますが。。。
鳥とニールと熱中症。
2011.07.30 Saturday | category:-
さて、京都でのライブ。
家人が歌っていると、
時々二カッと開いた口の犬歯あたりが抜けているように見える。
「ん?」
ライブが終わって聞いてみたら
なんと歌っている最中に差し歯が抜けたと。
そういやライブ中、不自然に後ろを向いている場面があった。
このままでは飲み込んでしまうと
抜けた差し歯を口から取り出し、ポケットにしまったらしい。
んなことあるんだ。
宵山の夜は更け、一路、大阪へ。
犬さん邸にお世話になる。
奥様の暖かい手料理をおいしくいただき、就寝。
日本家屋は優れもの。
エアコンなんぞ点けなくても、ぐっすりだ。
朝はすっきりさわやか。
今度は犬さんのおいしい朝食をいただき、
ひと段落したところで、心斎橋へ向う。
夜はニール・ヤング祭りだ。
犬さんに「緑地公園」駅まで車で送っていただいた。
毎度のことながら、犬さん&奥様、大変お世話になりました。
お昼は大阪セレブのマダムYさん、
ジャン・レノを思わせるいつもダンディな岡山のK氏、
ニール・ヤング祭りに出演される岡山のぱぴーさんと
心斎橋の鳥屋さんで待ち合わせ。
前日のMさん同様、Yさん、K氏とも私は久々の再会。
おいしい鳥料理(食べてばっか)と楽しいおしゃべり。
あっという間にリハーサルの時間になり
家人、K氏、ぱぴーさんと別れて
私はYさんとお茶することに。
ホテルにチェックインしたものの、
私はライブの場所を全く把握していなかった。
地図があっても時々目的地にたどり着けないのに。
住所だけでど〜すりゃいいの。
やっぱり地元の人は頼りになる。
Yさんに住所を告げたところ、
「ここらへんやないかな。」とYさんが言ったあたりで
「WORDS」が爆音で聞こえてきた。
安心してお茶へ。
Yさんともじ〜くっり色んなおしゃべりができた。
Yさん、暑い中ありがとうごさいました。
久々にお会いできてホント嬉しかったです。
そしてニール・ヤング祭り。
トマトのK!TAさん、Kちゃん、ダーリンさんにもお会いできました。





年甲斐もなく踊りまくり、おばさんは満足満足。
愛してるよ、レイジーホース。
はしゃぎまくり、就寝。
翌朝、ものすごい頭痛と吐き気で目が覚める。
「ん、これはもしかして熱中症?」
起き上がれたのはお昼すぎ。
いや〜まいったまいった。
でもね。
いつの頃からか、
旅行するといっつも色〜んな人にお世話になると感じるようになった。
久々の旅行である今回もやっぱり。
お会いした皆様、ありがとうございました!!!
家人が歌っていると、
時々二カッと開いた口の犬歯あたりが抜けているように見える。
「ん?」
ライブが終わって聞いてみたら
なんと歌っている最中に差し歯が抜けたと。
そういやライブ中、不自然に後ろを向いている場面があった。
このままでは飲み込んでしまうと
抜けた差し歯を口から取り出し、ポケットにしまったらしい。
んなことあるんだ。
宵山の夜は更け、一路、大阪へ。
犬さん邸にお世話になる。
奥様の暖かい手料理をおいしくいただき、就寝。
日本家屋は優れもの。
エアコンなんぞ点けなくても、ぐっすりだ。
朝はすっきりさわやか。
今度は犬さんのおいしい朝食をいただき、
ひと段落したところで、心斎橋へ向う。
夜はニール・ヤング祭りだ。
犬さんに「緑地公園」駅まで車で送っていただいた。
毎度のことながら、犬さん&奥様、大変お世話になりました。
お昼は大阪セレブのマダムYさん、
ジャン・レノを思わせるいつもダンディな岡山のK氏、
ニール・ヤング祭りに出演される岡山のぱぴーさんと
心斎橋の鳥屋さんで待ち合わせ。
前日のMさん同様、Yさん、K氏とも私は久々の再会。
おいしい鳥料理(食べてばっか)と楽しいおしゃべり。
あっという間にリハーサルの時間になり
家人、K氏、ぱぴーさんと別れて
私はYさんとお茶することに。
ホテルにチェックインしたものの、
私はライブの場所を全く把握していなかった。
地図があっても時々目的地にたどり着けないのに。
住所だけでど〜すりゃいいの。
やっぱり地元の人は頼りになる。
Yさんに住所を告げたところ、
「ここらへんやないかな。」とYさんが言ったあたりで
「WORDS」が爆音で聞こえてきた。
安心してお茶へ。
Yさんともじ〜くっり色んなおしゃべりができた。
Yさん、暑い中ありがとうごさいました。
久々にお会いできてホント嬉しかったです。
そしてニール・ヤング祭り。
トマトのK!TAさん、Kちゃん、ダーリンさんにもお会いできました。





年甲斐もなく踊りまくり、おばさんは満足満足。
愛してるよ、レイジーホース。
はしゃぎまくり、就寝。
翌朝、ものすごい頭痛と吐き気で目が覚める。
「ん、これはもしかして熱中症?」
起き上がれたのはお昼すぎ。
いや〜まいったまいった。
でもね。
いつの頃からか、
旅行するといっつも色〜んな人にお世話になると感じるようになった。
久々の旅行である今回もやっぱり。
お会いした皆様、ありがとうございました!!!
宵山
2011.07.29 Friday | category:-

さて、7月の3連休。
土日には我らが大森「風に吹かれて」で
店の5周年記念、お客さんによる演劇公演「フォークの神様」が
繰り広げられるという一大事に後ろ髪をひかれつつ
家人のライブにかこつけて、京都、大阪へとでかけた。
久々の旅行、しかも京都ということで
和服の似合う京美人のお友達、Mさんに
「お茶でも。。。」とメールしたところ
快く受けてくださった。
京都は祇園祭の宵山の日。
ライブをやるお店は四条烏丸。
どうやら人ごみの真っ只中らしい。
家人はリハーサルのため、お店で別れ、
私はMさんと一緒に宵山見物にでかけた。
あちこちに山鉾という山車のようなものが置いてある。
町内毎に山鉾を所有していて、
それぞれカタチや祭る神様が異なる。
「長刀鉾」、「菊水鉾」、「月鉾」などなど、山鉾に名前がついている。
山鉾巡行といって、翌日の朝には四条通〜河原町通を
列をなして巡行するのだそう。
山鉾の豪華な飾りと凛とした佇まいに圧倒される。
由緒ただしい威厳を感じさせながらも
一方では屋台が沢山出ていて、京の街は大賑わいである。
Mさんは「和風小物のバーゲンもやってますのん。」と
案内してくれた。
時々艶やかな和服姿で現れるMさんとは大違い、
浴衣も満足に着る事の出来ない私であるが、
和風の小物は大好き。買い物に燃えてしまった。
実は京都に本店を構える「松栄堂」というお香の店にも
行ってみたかったのだが、この人ごみではと諦めていた。
試しにMさんに告げてみると
近くに「松栄堂」の支店があるからと連れて行ってくれた。
さすがあ地元。頼りになる。
ぐっと都会的でお洒落な「リスン」というお店。
名前は「香りを聞く」に由来するそうだ。
ここでも買い物に燃えてしまった。
戦利品の一部。

右下のピンク色のは「リスン」で買った匂い袋である。
かわい〜。大満足。Mさんホントにありがとう〜。
山鉾が置いてある所では「ちまき」というのを売っている。
食べる「ちまき」と同じ形をしているが、食べ物ではない。
厄除けに玄関に飾るのだそう。
1年間飾って毎年買い換える。
Mさんも贔屓の「月鉾」(鉾の先端に三日月!)で
今年の「ちまき」を購入。
なごり惜しいが
一応ライブにもいかなければ、と
お店に戻ったのであった。
旅行から帰ってきて
祇園祭がなんなのか、
ウィキで調べてみた。
八坂神社の祭礼で
7月1日から1ヶ月間続く。
中でも山鉾巡行と宵山が
ハイライト。
869年に疫病が流行し
二条城の南の神泉苑に
当時の国数にちなんで
66本の鉾を立て祇園の神を祭り、

神輿をかついで疫病退散を
祈願したのが起源されている。
ひえ〜なんと歴史のあるお祭り。
はるか昔の空気を共有したんだ。
ロマンである。
はるか昔といっても
869年とは何時代?と
こいつもググッたら
平安時代と判った。
貞観11年。
この年、貞観地震といって
陸奥国東方の海底を震源として
現在の福島沖、茨城沖まで
震源域が及んだとされる
大地震が発生したそうである。

なんだか
今回の地震みたい。
その年に始まったと
いわれる祇園祭を
初めて見たのも
何かの縁なのか。
ちょっと神妙に
なってしまう。。。
ちなみに
私は宵山と聞くと
何故だか永六輔氏や
谷啓氏を思い出してしまう。
なんで?と思ってググってみたらば
「宵々山コンサート」というのがでできた。
祇園祭の時期に開催された音楽イベントで
1973年から2009年の間に29回行われた。
永さんや谷さんはこれに出演していたのである。
そして今年、最後の宵々山コンサートとして30回目を復活したとか。
んで、なんで私が思い出すのかというと
私の持っている谷啓氏のCDの中に
この「宵々山コンサート」のライブが一部収録されていて
さんざん聴いていたのであった。
へ〜、忘れてた。
文月
2011.07.25 Monday | category:-

もはや最終週である。
先週はゆっくりだが私よりは確実に時速の速い台風やってきた。
そのせいか夏らしからぬ日々が続いた。
でもまた徐々に猛暑の兆し・・・
お向かいのお寺では
例年どおり7月14日に水止舞祭が執り行なわれた。
前日は本番さながらのリハが。
今の家で迎えた最初の夏のこと。
会社から帰り、家に着くと
玄関あたりで妙に風情のある笛の音が聴こえてきた。
「ずいぶんと厳かな盆踊りだね」などと思い、
こんなお囃子をやっている盆踊りを見てみたくなった。
家の近所の盆踊りをやりそうな神社に行ってみたが
やってない。
笛も聴こえなくなってしまった。
諦めて家に戻ってくると
さっきの笛の音が聴こえてくる。
音のする方に近付いていくと(最初からそうすればよかった・・・)
向かいのお寺の本堂に辿りついた。
水止舞で奉納する神楽の練習をしていたのだった。
笛や太鼓=盆踊りという、あまりにも情けない発想である。
夏の夕刻、神楽笛があたりを包みこむ。
この音に浸って、ガサツな私も神妙な心持に。
本番は真昼間であり
私はまだ見たことがない。
でも、今年もこの練習風景を見ることができたのだなあ。。。
感慨は
2011.06.07 Tuesday | category:-

「ふける」ものではなく、「ひたる」もののようである。
前の日記に書いてしまったものの、
なんかヘンかなと思い、
調べてしまった・・・
4月からの通勤は京急〜都営地下鉄に乗っていく。
実はこれ、高校へ行く経路と同じである。
残念ながら私は中学卒業と同時に千葉県に越してしまい、
この経路で通学することはなかったが、
引っ越す前の最寄り駅は現在の最寄り駅と同じなので、
引っ越さなければ、こうやって高校へ通ったのだね。
確か受験しに行く時、一回だけこの経路を使った。
(受験の時はまだ大森に居たから)
あまりの混み具合に「ムリ・・・」と思った気がする。
でもその後、常磐線と山手線(もしくは京浜東北)で通うことになり、
もっともっと、とんでもなく混んだ電車に乗ることになるのだった。
引っ越してからしばらくは越境人生が続く。
常に帰りの電車を気にする人生だったような。
ずっと大森にすんでたら、どんな感じだったのだろう。
少なくとも、上野駅で立ち食いうどんを食べたり、
帰りの常磐線で、宴会をしているおじさんから
つまみの「ちくわ」をもらったりすることはなかったね。
と、感慨にひたる。

水無月
2011.06.05 Sunday | category:-
っていうんだね、6月は。 沢田画伯のカレンダーも一枚めくってから
はや、1ヶ月経ってしまった。
4月から職場が変わった。
それまで通っていた所は我が家から2番目に近い事業所。
1番近い所(自転車通勤だな)を希望したいとこだが
このご時世、我がままなど聞いてもらえるはずもなく。
かといって、さほど遠いわけでもなく。
相変わらず東京湾のソバなのである。
職場のあるビルを見上げてみると
隣のビルとの間に渡り廊下のようなものがある。
3月の地震の後しばらくの間、
エレベータすら怖くて乗れなかった私である。
おっきな地震の時、こんな所をてこてこ歩いていたら
さぞや怖いだろうなと思ったが、
それは渡り廊下ではなく支え棒(?)なのだそうだ。
揺れがおっきくなるだけのような気がするが・・・

実は前の事業所には20年位いた。
30代、40代を
過ごしちゃったわけである。
入社して30年弱。
殆どをこの事業所で
すごしたのだなあ。
地震の2日前に異動を告げられ
そのあとバタバタと過ごし
感慨にふける間もなく
最後の日を迎えた。
まあ退職したわけじゃあないんだけど。
(でも後で同僚から綺麗な花束、
いただきました。)
前の事業所に配属になった年に
確か湾岸戦争が始まった。
そして出る時は地震と原発事故。
しっかし、
こんなに普通に通勤してるとは・・・

20代半ば、
「東京に原発を」を初めて読んだ時には
想像もしなかったさ、まったく。

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