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悔。


介護で頻繁に実家に通うようになった頃
よく父がこんなことを言った。

「すまないことをした。ゆるしてくれるだろうか。」

私は何のことだかわからず
「何が?」と聞き返す。
父はまた
「すまないことをした。ゆるしてくれるだろうか。」と繰り返す。

「誰に?」「何を?」と聞いても
父は同じ言葉を繰り返すばかりだ.。

うーん、何のことだろう。
私は暫く考えて、ふと思ってしまった。

父は大正6年生まれで
東京の墨田区あたりで関東大震災に遭っている。
その後、2度に亘り徴兵され
終戦後も数年シベリアに抑留されていた。

裕福ではなかったけど
呑気が当たり前に生きて来た私などには想像できない
人の生死の境に何度も直面したにちがいない。

私はちょっと怖くなり
それ以上父に聞き返すことができなくなってしまった。
「大丈夫だよ、ゆるしてくれるよ。」を繰り返した。

父は何に謝っていたのだろう。
その3年後に父は亡くなり、もう聞くことはできない。

人は最期が近づくと自らそれを悟り
心の奥底に沈め隠しておいた自らの過ちを
告白してしまいたくなるのだろうか。

「やった方は覚えていないが、やられた方は決して忘れない。」
そんなことをよく聞くが
これは「やった方」が覚えていないのではなく
「やった」事に気づいていないだけなのだと思う。

少しでも相手に対し後ろめたさや罪の意識があったのなら
悔やむ気持ちは重く心に残り
時が過ぎても決して消えないんじゃないかな。

そして、いよいよという時になって
それを告白せずにはいられなくなってしまうのかもしれない。


数か月前、私はネット上で小学校の同級生と再会した。
実際には会っていないので
再会はちょっとおかしいかもしれないけれど
たまたま目にしたライブの告知に
見覚えのある名前があったのだ。

勇気をふりしぼって連絡をとってみた。
小学生の頃の記憶を掘り起こしながら
幾度かその人とやりとりをした。

そうしているうちに一緒に別の記憶が掘り起こされた。
いや、時々思い出していることがまたでてきたのだが。

私は小学校に入学するとすぐ友達ができた。
いつも一緒にいて
その子と一番仲の良い友達になった。

でも何がきっかけだか覚えていないが
別の子が積極的に話しかけてきて
優柔不断な私はよく考えもせず
その子とよく遊ぶようになり
一番仲のよかった友達とは遊ばなくなっていった。
4年生位の頃だと思う。

そんな風になった翌年のお正月、
最初に友達となった子から年賀状をもらった。

そこには
「いままでツンツンしてごめんね。」と書かれていた。

「そうか、ツンツンされていたのか。」と思ったが
特に彼女と話すこともなく
やがて小学校を卒業し
同じ中学にも通ったが
そのまま話す機会はなかった。

私は中学卒業と同時に初めて引越をした。
自分の荷物をまとめていて
その年賀状がでてきた。
それまですっかり忘れていたが
読み返してみて自分のした事に気づいた。

彼女はどんな気持ちでその年賀状を書いたのか。
彼女は謝っている。
なんで彼女に何も言わなかったのだろうと悔やんだ。

それから時々
何かの折にこの年賀状のことを思い出す。
心の奥底に隠しておいても、時々出てきてしまう。

中学を卒業してから彼女と会ったことはない。
もし会えたとしたら
今の彼女に「あの時はごめんね。」と
謝るのだろうか。

違う。私が悔やんでいるのは
年賀状をくれたあの時のあの子に
「私こそごめんね。」と言えなかったことだから。

私は多分これを口走るのかもしれない。
| まつ | 05:37 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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